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プロフィールProfile

Kumi Minami Story

南 玖美(みなみ くみ)
ヘアサロンサニー オーナースタイリスト

美容師になるのが夢だったわけはありません

1990年代前半、美容師なんてならないよ〜といって高校から短大に進学した私は、2年生になり、就職活動をするかどうか迷っていました。
日本の社会情勢はバブル崩壊。母には、これからの時代何が起きるかわからなくなる時代がやってくるから、手に職を持った方が強い!と言われ。
もう少し学生生活を過ごしたかったので(美容学校ならもう一年学費出してくれるかも‥‥)なんて浅はかな考えで、結局名古屋の美容学校へ進学しました。

美容学校ではさんざん学生生活を楽しんで、地元で美容室へ就職しました。
小さな頃から見てきた母の仕事なのに、
「しまった!大変な事を始めてしまった!」と実感するはめに。
でももう、口が裂けても辞めたいなんて、そんな親不孝な娘にはなれない!と思い、とにかく、美容師の国家試験は取得しようと、早朝から、勤務先の美容室で毎日練習、営業が終わればまた練習の日々を過ごしました。
美容師免許は無事取得したものの、それでもまだ、母のお店を継承することもないだろうな〜と将来がぼんやりしていたのです。

母が美容師だったから!時代が不景気だったから!と言う消去法で美容師になったせいもあって、明確な目標もなく過ごしていました。
とは言うものの、3年は丁稚奉公のように他の美容室で働いて、スタッフや、上司に恵まれて楽しく働いていました。

しかし、ここで腰痛という爆弾を23歳という年齢で抱えることになります。
普通に歩くこともできなくなり、3ヶ月休業後、勤めていた美容室は退職。
新しいお店で働き出しても、また腰の調子が悪くなるの繰り返し。
腰を心配した母が、じゃあうちのお店で働く?でもお給料は出せないよ!
と誘ってもらい、近所のガソリンスタンドでバイトしながら自宅の美容室と半々で働くことになりました。
やがて父の仕事も手伝うようになり、1週間の半分は母の仕事、半分は父の仕事。
両親の自営業を目の前で見ることができたのも、あとあと私の経営者としての人生に少なからず影響をしています。

ある日、自分が腰痛予防のリハビリも兼ねて通っていたスポーツジムのスタッフさんに、スタッフを募集しているけど、ここで働くのはどうですか?と声をかけられました。
実は一番やってみたかった仕事は、得意な運動を活かした仕事!諦めていた夢が叶う!
スポーツジムのインストラクターと美容師という2足のわらじの生活がスタートするのです。

お店を継ぐ決意を固める

スポーツジムのレッスン担当枠をもらい、会員さんともすっかりコミュニケーションが取れるようになった頃、「先生のレッスンにどうしても参加したいから、ここの時間は予定を最優先してきているんだよ」なんて、なんとも嬉しい言葉をかけてくださる会員さんもいました。
バイトでやっているスポーツジムで、こんな風に言ってくれる人がいるなんて。
じゃあ、美容師として全力でやったらどんな風になるのだろう・・・?
美容師として勝負したい気持ちが湧いてきました。

丁度、母も開業して30年、年齢も60を過ぎていたころ、時代はリーマンショックからのあおりを受けてお店の勢いもなくなってきていました。
50歳で自宅兼店舗を建て、夢を叶えた母が少し不安になってきた頃、美容室出店ブームはまだ続いていました。郊外なのに、近所に美容室が2店舗も増え、売上も低迷気味。
そんな不安を抱えながら、無料の経営セミナーに2人で参加しました。
そのセミナーで「これならいける!」と手応えを感じ、母のお店を継承する決心をしました!

2代目として覚悟した時「維持は衰退」という言葉が自分の中でスローガンとして浮かびました。
失敗もいっぱいし、迷いながらも母の時代の良い部分は残しつつ、今の時代に合った、接客やお店づくりを模索しながら進んでいくしかない。

そして内装をリニューアルして新しくお店が出来上がった時には、自分の魂がお店に宿った!という感覚があったことを鮮明に覚えています。

継承して3年ほどが経過していた頃、美容師として何かお役に立てることがないかあれこれと情報を探すようになっていました。
見つけたのがNPO福祉理美容師育成協会(ふくりび)セブ島ボランティアツアー。
早速参加して、孤児院やマザーテレサのチャリティーホームでカットをし、セブの美容師さんへセミナーを行いました。親日の国で心がとても温かくなりました。

そして「ふくりび」の活動の一環である医療ウィッグと出会います。
乳がん患者さんの副作用による脱毛や脱毛症の女性の力になりたいと思いパートナーサロンに登録。
すると、うちのお店に、ウィッグを必要とするお客さんが来店するようになります。

そんな中、私の美容師人生の転機が起こります。

脱毛症で来店し医療ウィッグ利用のお客様が、半年ほどのちに再来店されたのですが、随分回復して、髪もすっかり生えていたのです。
それなら、「もうベリーショートにしてウィッグ脱いじゃいましょうよ!」と私は、背中を押しましたが、彼女はとても不安そうでした。

カットして仕上げて、合わせ鏡を見せると…。
「わ~ホントだ、普通のベリーショートだ」と言った瞬間に号泣。
私ももらい泣きしました。

美容師になって初めて感動で泣きました。 
女性を感動で泣かせてしまうくらいの仕事をしている!

髪は女の命

志命が降りてきた瞬間です。
仕事に対する誇りのような気持ちが初めて生まれました。
この出来事をきっかけに、美容の力で女性を明るく元気に笑顔にしていくという志命にたどり着いたのです。

お恥ずかしい話、美容師になって17年が経っていました。
ようやく志命にたどり着いた私は、どうやって美容師として活動するか模索し始めます。

今のお店を大きくして2店舗3店舗と増やす!?ん~、そんなことみんながやっていて美容室は飽和状態。あえて激戦区の中戦いたくないしな~と迷いながらも、唯一ブレなかった私の軸は、女性の髪の悩み・問題解決に寄り添っていきたい!と言うことでした。

髪や頭皮の自宅でのホームケアが重要であり、髪をキレイにする大切さを伝えたい。
女性がいつまでも輝く髪でいられるよう身近な髪のお医者さんのような立場でキレイな髪を育てる美容師になりたい、と気持ちが定まっていました。

ありがたい事に、母の代から定期的にリピートしてくれるお客様が多く、5年10年、オープン当初からのお客様もいます。
いわば、1人の女性の5年、10年髪の毛を見続けることができる環境。
女性の髪が30代→40代、40代→50代→60代と年月の経過とともに、髪の悩みも変わっていく。その悩みが年齢を重ねてから、仕方がないと諦めるのではなく、少しでもその悩みが出る前に改善する方法はないか、悩みが深くなる前に対処できる事はないか?
ずっとず〜っと考えていました。

お客様自身が自宅でのホームケアが我流になっている事にも着目。
シャンプー前のひと手間、シャンプーする時の注意点、ドライヤーでの乾かし方…。
私が美容師になってずっとお店でやってきている事を、お客様にシェアするだけで、お客様の髪が劇的に変化する。
年齢を重ねたのに、若い頃よりツヤが出て綺麗になったと喜んでいただけると、よっしゃー!!っとガッツポーズしたくなります。
そういうお客様は本当に嬉しそうで、私も幸せな気持ちになります。

頭皮ケアと髪のケアに特化したオーガニックカラー、ヘッドスパ、ヘナトリートメント、
そして、もし病気になって、髪が抜けても相談できて一緒に乗り越えていける美容師でありたいです。そして年齢を重ねても、関わっていける美容室でありたいです。

私の原点。

髪を美しくすることは、ご自分はもちろん周囲も元気にする力があると感じながら母を見ていた子供時代。

女性の髪が美しくなればシアワセ感が上がる
シアワセ感が上がれば、女子力が高まる
女子力が高まればそれにつられて男子力が上がる
男子力が上がれば、社会が強くなっていく
社会が変われば世の中が豊かになる

私は女性が、健康で美しい髪を手に入れることが、
豊かで幸福な世の中に繋がるという信念を持っています

これからは、美髪を通じて自分も周りも共に豊かになることを目標に、美容室という枠を越えて世界中の黒髪を美髪にしていきます。
さらに、美容師として新たな革命を起こし、社会に貢献し活動をしていきます。
真に美しい髪の女性が溢れたら、私の美容師人生の冥利に尽きます。

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